おはようございます。
5月8日号です。
朝晩、冷え込みが続いています。
「寒暖差アレルギー」なんて症状があるらしいです。
お体には十分ご注意くださいねm(._.)m
今日のニュースは米露の対テロの協力関係の話題です。
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Analysts Concerned Over Impact of Closer US-Russia Anti-Terrorism Cooperation on Caucasus
アナリストが反響に懸念を示す、米露反テロ協力姿勢の、コーカサスでの
May 03, 2013
Whether the Boston Marathon bombing suspects acted alone ボストンマラソン爆破事件の容疑者は単独の犯行なのか
or were involved with extremist groups あるいは過激グループの犯行なのか in the North Caucasus region of Russia,
ロシアの北コーカサス地域に潜む it has brought new attention to terrorism テロリズムに新しい注目をもたらしました
in that war-torn part of the world. 世界の戦争で荒廃した一部の地域で
The U.S. and Russia recognize 米国とロシアは共通の認識をもちました the need to increase security and intelligence cooperation, 安全および情報の協力の必要性を but there is concern しかし懸念もあります that the price of cooperation
協力の代価として may be accepting Russia’s heavy-handed tactics and abuses.(米国が)ロシアの高圧的で虐待を伴う
(対テロ)戦略を受け入れてしまうかもしれないという
In the 1990s, 1990年代 Russian security forces killed tens of thousands of Chechens ロシアの治安部隊は数万人の
チェチェン市民を殺害しました and displaced hundreds of thousands more さらに数十万人のチェチェン市民を退去させました
to end two separatist wars for independence, 独立のための2つの分離戦争が終結したあと which Russia labeled terrorism.
ロシアがテロリズムとレッテルを貼った
Both sides have been accused of committing serious human rights abuses,両陣営は重大な人権侵害だと非難されています including the killing of civilians. 市民の殺害も含めて
Ali Tepsurkaev,アリ・テプスカエフさんは a Chechen refugee now living in the U.S. チェチェンの難民で今は米国に
住んでいる人ですが says he and his brother, a journalist, 彼の兄(か弟)は、ジャーナリストでしたが
were targeted by a Russian paramilitary group. ロシアの民兵組織の目標にされた(殺害された)と話しています
“My brother got [it] worse,I would say. 「私の兄の場合は耐え難いものでした He had a few bullets in the stomach,
彼は胃に数発の弾丸を浴びました gunfire. 銃撃で
And, as I said, 私が言ったように we weren’t able to leave the village at night,especially, 私たちは、
特に夜は村を離れることが出来ませんでした so he pretty much bleed [bled] out 兄( or 弟)は大量に出血しました
in my hands 私の手の中で and died there, そしてその場所で亡くなりました」” he said.と語ってくれました
Chechnya has since stabilized under a dictatorship チェチェンはかって独裁者の下で安定していました
closely allied with Russia. ロシアとの親密な同盟があったからです
But Andrew Kuchins, a Russia analystアンドリュー・クーチン氏ですが with Center for Strategic and International Studies,
戦略国際問題研究所(戦略・国際問題研究センター)の says in part because of the brutal crackdown on dissent, opposition
groups 異議を唱える反対派グループへの残虐な弾圧の一部です in that region この地域 のhave become more extremist.
より過激主義に走っている、と述べています
“Many of the Chechens 多くのチェチェン人ですが who initially were nationalists, 当初は国家主義者であった
some of them 彼らのうち何人かが had become quite radicalized 急進的になり and identified themselves
自分たちを認識したのです more as Islamists,イスラム教徒と” he said.クーチン氏は話しています
In the last decade ここ十年の間 Chechen Islamist rebels チェチェンの反政府のイスラム教徒は took hundreds of
Russians hostage, 数百人のロシア人を人質にしました ※first in Moscow at a theater in 2002, 最初は、
2002年モスクワの劇場で and then in 2004 seizing a school full of children また2004年には、子供たちで満員の
バスを占拠しました in the North Ossetia region.北オセトラ地方で
Russian security troops ロシアの治安部隊は used deadly force 特殊部隊(犠牲になってもやむを得ない部隊)
を出動させて to end these sieges, 事態を収束させました but many civilians were killed in the process.
しかし、多くの市民が巻き込まれて死亡しました
Journalism professor Nicholas Daniloff, ジャーナリズム学のニコラス・ダニロフ教授は at Northeastern University i
n Boston,ボストンにあるノースウェスト大学の has been instrumental in 関与してきましたhelping Chechen dissidents
チェチェンの反体制派の活動家の支援に find asylum in America.アメリカで保護施設を探している
He says before 彼は以前にも言っていました it became known よく知られるようになったと that the Boston Marathon
bombing suspects ボストンマラソン爆破事件の容疑者である Tamerlan タメルラン(・ツァルナエフ)と
and Dzhokhar Tsarnaev
ジョハル・ツァルナエフは were ethnic Chechens,チェチェン系市民であったと
U.S. anti-terrorism cooperation with Russia アメリカとロシアの反テロの協力は had been tempered by concerns
懸念によって今のところ実行されていません over human rights abuses 人権侵害と and the suppression of
legitimate opposition groups. 協力の抑制を求める合法的な反対グループの運動という(抗議)で
Now, he worries 今、彼が心配なのは that any independence movements in Chechnya and the North Caucasus
チェチェンや北コーカサス地方ではどんな独立運動も will lose public support.市民の支持を得られないということです
“And what has happened now with the Tsarnaev brothers 「ツァルナエフ兄弟が引き起こした事件は
is that they have revived all those negative feelings 悪い感情をもっているすべての人々を蘇らせていましました
about the Chechens,チェチェンに対して and it will be a very long time, それは(この先)長く続くだろうと思われます
I think, before the general population forgets (爆破事件以前はチェチェンへの悪い感情を)一般の市民は忘れていましたし
or at least comes to understand 少なくとも思っていたのだと思います better what the situation is,
状況は好転していると」” said Daniloff. ダニロフ氏は述べています
While the Boston bombings 一方、ボストン爆破事件は have highlighted (皮肉にも)際立たせてしまいました
the need for closer anti-terrorism cooperation 緊密な反テロ協力の必要性を between the U.S. and Russia,
米国とロシアの
Daniloff hopes ダニロフ氏が望むことは it will not come at the expense of support for democracy in the region.
その地域(チェチェン)の民主主義の支援が無駄(犠牲)にならないようにということです
★イメージ&リスニングトレーニングビデオはこちら。
http://www.voanews.com/media/video/1654329.html
※当時日本のメディアも実況中継をするなど大きく取り上げたチェチェンの人質事件。ロシア政府は軍の特殊部隊を使って
強行突破を図り、犯人は全員死亡、さらに人質になった多くの子供たちを含む数百人の犠牲者が出ました。
また記憶に残っている人も多いかと思われます。
http://www.voanews.com/media/video/1654329.html
★この英語ニュースは、当時のロシアとチェチェン独立の状況を知っておくとよく理解できます。
Googleなどで「チェチェン」と検索すれば、チェチェン共和国やチェチェンの歴史といった項目が出てきます。
また、ヤフーやgooなどの質問箱も役に立ちます。
以下は、「チェチェン共和国は何故独立したいのか?」
という質問の答えです。
これだけでもチェチェンの背景が分かると思います。
参考にしてください。
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Q.「チェチェン共和国は何故独立したいのですか?」
A.「自主独立なんかよりもその日その日をのほほんと暮らせれば良いなんて考えを持てるのは、
アメリカ様にお尻を拭いてもらいながらぬくぬくと暮らしている日本人ぐらいのものです(きつい!?)。
世界には自分の尻は自分で拭くというのが極一般的な価値観です。
経済的な問題で言えば
チェチェンには十分な油田がありますので自主独立も可能です。そもそもの紛争の原因の"1つ"は、
この油田の利権をめぐる争いでもあります。
歴史的な経緯で言えば
チェチェンは元々、ロシア、トルコ、ペルシャ(イラン)に挟まれた小国でありましたが、厳しい地形のおかげで
何度も支配を打ち返してきました。18世紀中頃からついにロシアに屈服する訳ですが、その際の征服戦争にも
頑固に抵抗を続け、実に人口の2/3が死んだと言われています。
ロシア革命のおり彼らは当然独立を目指し、共産党側につくことで自治の約束をとりつけ、革命後はソ連に組み込まれましたが
自治州となります。が、それは形だけのことで、連邦は厳しい宗教弾圧を加え、それでも抵抗を諦めない彼らを民族ごと
カザフスタンに移住させるなど徹底的な民族解体を図りますが、そういった徹底的な弾圧は返って強固な団結を生むことになります。
ここまでされた彼らが、のほほんとロシア人の支配下に留まる訳も無く、91年ソ連崩壊後、92年のロシア連邦への参加の
調印を拒むことになる訳です(ロシア内の21の共和国のうち拒んだのは2国だけです)。
ただこの辺の経緯は複雑で、91年当時の時点ではまだそれほど反ロシアではありません。国民投票でも70%以上がソ
連邦存続に賛成しています。ペレストロイカ、ソ連邦の解体の混乱の折、それまで彼らの宗教(スーフィズムと言われる
イスラム教と土着の宗教が合体したもの)は比較的穏やかだったのですが、場所によっては失業率が80%を越えるような
経済状況で、イスラム原理主義が入り込み支持を受けるようになります。原理主義は強烈な「反ロ反欧」です。
で、それを懸念したロシアは94年についに武力侵攻を行い、あっけなく首都を落としましたが、ゲリラ戦に持ち込まれ壊滅します。
この後も何度か侵攻を企てますがいずれも撃退され、96年には事実上の独立を果たし、97年には大統領選挙が行われ、
独立派のマスハドフ氏が当選しています。
99年今度はチェチェン人が隣国のタゲスタンに侵入したことをきっかけに、ロシア軍が再び侵攻。以降凄惨な内戦となり「
殺す・奪う・破壊する」(男は皆殺し、女は全員レイプ。ゲリラ兵に女性が多いのはそういう理由です。ところで女性がテロを
するのがショックなのは、そこまで追い詰められているということに対してショックなんでしょうか)。というような状況下で
行われた2003年の選挙はロシア連邦の主導で行われ、当然独立派が参加しておらず、且つロシアのかいらいであるカディロフ氏の
有力な対立候補に圧力をかけて出馬させないというむちゃくちゃな選挙です。
武力弾圧は激しくなれば、テロは先鋭化します。そしてテロリストというレッテルを貼られることで対外的な支持を失うと。
この辺の事情はパレスティナ問題と一緒。そしてなぜなぜロシアが批判されないかというとこれもイスラエルと一緒。
ちなみに米上院議会ではこういう証言もされています。
『第一次チェチェン戦争は、エリツィン大統領再選のために必要であった。今回の戦争は、エリツィン大統領が自ら選んだ
後継者として公に支持する、ウラジーミル・プーチン現首相が世論調査で順位を上げるために必要とされている』
★チェチェンは石油が豊富ということをご存知でしたか?
毎日、日本の新聞の国際情勢欄にも目を通しておくといいですね。
では、また明日。
Have a nice day!
★購読申し込みはこちらからどうぞm(._.)m
http://www.mag2.com/m/0001602735.html
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